後書き

The Haughty Father

フィオナ・マクラウドのエッセイによれば、高慢なる父 (Athair  Uaibhreach) はゲール語でサタンを指す言い方であるとか。

『誇り高き父は、誇り高く花々しい天使、「悪の父」サタン』とマクラウドのエッセイを紹介して片山広子 (松村みね子) は書いています。(『燈火節』所収 「蝙蝠の歴史」)

また「神の兄」とも呼ばれ、かつてこの世を支配する神だったが太陽の子 (Mac Greinne、アイルランド神話の王の一人の呼び名だが、この場合それを指しているのかどうか?) に西の海の下と北の果ての二つの都に放逐されたという伝説を聞いたことがあるともマクラウドは書いています。(Fiona Macleod "The Hill-Tarn")

| | トラックバック (0)

イーとエーニャ、アラスターとエスレン

誇り高きアラスター」には前に載せた「黒い瞳のエーニャ」の一部が引用されています。
この二つに出てくる人名について少し。

イー、エイ等と発音するらしい Aodh は、アイルランドの神話や伝説によく出てくる名前です。たしか、リール神の白鳥に変えられた四人の子供たちの一人もこの名でした。語源的には「炎」を意味するそう。

エーニャ (Enya) はアイルランドの歌手エンヤが有名ですね。Enya の本名の綴りは Eithne ですが、ほかにもさまざまなバリエーションがあり、エスレン (Ethlenn) はそのひとつ。やはり神話の女神の名であり、代表格は光の神ルーの母。Aodh 同様に「炎」に関係のある名前のようです。

アラスター (Alasdair) は、ギリシャ語起源の英語名 Alexander のゲール語化した形なので、これだけ系統が違います。
「誇り高きアラスター」で「その時代の名前じゃない」と言われているのはそのためです。

| | トラックバック (0)

Children of the Dark Star

フィオナ・マクラウドの「昏い星の子ら」。タイトルとして格好をつけるためということもあって「昏い星」とした"Dark Star"ですが、視覚的に暗い星というよりは不吉な星、不運の星、悪い星回りというような意味合いかと思います。

西洋占星術では人の誕生時に支配的な位置にあった惑星によって人の気質が左右されるという考えがあるようですが、それでゆくと、たとえば憂鬱の星である土星がこのDark Starにあたるかもしれません。

アラスターとグルームという対照的に見える兄弟が、ともに同じ星の下に生まれているというのは象徴的に思います。他の兄弟は、なんとなくシェイマスは金星、マーカスは火星、という感じ。

| | トラックバック (0)

海豹の歌

ダーン・ナン・ローン」に出てくるユイスト島のMacCodrum一族は実在の氏族であり、海豹の血を引くという言い伝えも実際にあったようです。

スコットランド北部、オークニー諸島やシェトランド諸島には、人間に姿を変える海豹の妖精セルキーの伝説が伝えられています。人間の姿になったセルキーは男女ともに美しく、ときに人間と結ばれるといいます。セルキーの女は、陸に上がって脱いだ毛皮を取り上げられてしまうと海に帰ることができず、人間の男の妻となるが、後にふとしたことで毛皮を見つけて海に帰ってしまうというパターンは、日本の羽衣伝説に似ています。

そういえば、映画化もされたロザリー・フライの小説「フィオナの海」も、このセルキーの伝説を下敷きにしていました。映画の舞台はアイルランドに移されていますが、原作の舞台はスコットランドの島嶼部です。小説も映画もほのぼのとしたよいお話で、昔、岩波ホールで公開された映画を見たときに、島の風景がなぜかとても懐かしく感じられたのを憶えています。

| | トラックバック (0)

リアノンの鳥

リアノンの鳥 (The Birds of Rhiannon)
リアノンはウェールズの叙事詩マビノギオンに出てくるダヴェドの領主プウィルの妻。馬と鳥をシンボルに持ち、ケルトの馬の女神エポナとも関連する女神だとか。

マビノギオンの一挿話「リールの娘ブランウェン」では、嫁ぎ先のアイルランドで不遇をかこつ妹ブランウェンを助けるために、兄のブリテン王ベンディゲイド・ブランがアイルランドに攻め込み、足に毒矢を受けたために首だけを切り離させ(!)て帰途につきます。王の一行はハーレクというところで宴を催すのですが、ここにリアノンの3羽の鳥がやってきて、世にも美しい歌をうたい、一行は7年間を飲み食いして過ごしたと語られています。

| | トラックバック (0)

ケネス・モリスについて

「ショーン・アプ・シェンキン」の作者ケネス・モリスの知名度はさほど高くないと思われますが、作家のアーシュラ・K・ル=グウィンは、ケネス・モリスをトールキンや『邪龍ウロボロス』のE・R・エディスンとならぶ 20 世紀のファンタジー界の名文家として挙げています (『夜の言葉―ファンタジー・SF論 』岩波現代文庫 所収「エルフランドからポキープシへ」)。
うーん、あのル=グゥィンが、あのトールキンやエディスンと。

「ショーン・アプ・シェンキン」は素朴な民話の雰囲気を残した話で、装飾的な凝った文はそれほど多くないのですが、原文の響きとリズムは卓越しているように思います。
今後また、この作者の別の話も訳してみたいと思っています。

前述のエッセイの中でル=グウィンは、ケネス・モリスの本を手に入れるには、古本屋の棚を探し回る必要があるだろうと書いていますが (『夜の言葉』の初出は'70年代)、今やネットでその著作を読んだり買ったりできるのは有難いことです。

| | トラックバック (0)

翼ある馬 ~AE について~

詩人・作家・画家と多才な AE ですが、私がその名前を知ったきっかけは、もう十年以上前に見たアイルランド絵画の展覧会でした。
さほど大きくもない画面に、海の上を飛ぶ光輝く人物が描かれた絵が印象的で、作者の特徴のある名前と由来 (AE は永遠を意味する aeon の略) のせいもあって記憶に残っていました。

展覧会の図録を買ってあったので、久しぶりに引っ張り出して見てみたら、題は <<翼ある馬>> The Winged Horse で、人物はペガサスにまたがっていました。
図録の解説は、ペガサスの象徴するものについて解釈を述べた後で、しかしこの作品はそのような知識を前提とせず、作者の見た幻を直接的に写したように見える、というような文でしめくくられています。

この解説は「リリスの洞窟」など、小説というより幻視の描写のような短文にもあてはまるように思います。

| | トラックバック (0)

妖精の都

妖精の都 (カイル・シー/Cathair Sith)
たぶんアヴァロンやティル・ナ・ノーグのような海の彼方の楽園のことかと思います。
マクラウドの詩にそのまま「Cathair-Sith」という題のものがあり、海上の虹の柱をうたっています。
カイルは城・都市の意、シーは平和ともとれますが、ここでは妖精 (Sidhe) の意味かと思いました。Cathair はカハルという発音になりそうですが、上記のマクラウドの詩の注に発音は Caershee とあったので、それに従いました。

その他、中世ウェールズ語の叙事詩「タリエシンの書」に「Caer Sidi」という常世の都が出てくるようです。

妖精族 (ディーナ・シー/daoine sídhe またはスコットランドでは daoine sìth、daoine sìdh)

神の一族であるトゥアハ・デ・ダナーン (Tuatha Dé Danann) がアイルランドの覇権を奪われた後、小さくなって丘 (塚) の下に住むようになったのが妖精であり、daoine sídhe は塚の人々の意味だそうです。

マクラウドの The Anointed Man では単数形で duineshee と表記されています。

蜜の原 (マー・メル/Magh-Mell)
こちらも妖精の国の名前だと思いますが、詳細はわからず。
どうやら発音はモイ・マルらしいので、いずれ直すかも。

| | トラックバック (0)

選ばれし者

原題の The Anointed Man の anoint は、人を聖なるものとして他から区別するために香油などを塗るという意味で、the anointed といえば、イスラエルの聖別された王やイエス・キリストを指します。キリスト (メシア) という語は「香油を注がれた者」を意味しています。
この話の anoint は、主人公が妖精の塗り薬を塗られたことを指していますが、同時に聖なる王キリストのイメージも重ねられているように思います。

妖精の塗り薬 (fairy ointment) は、民間伝承では、これをまぶたに塗ると妖精の魔法に惑わされずに真実を見抜く力が備わるというものだそうです。材料は四葉のクローバーだとか。

| | トラックバック (0)

昏い星の下に ~フィオナ・マクラウドについて~

フィオナ・マクラウドは本名をウィリアム・シャープという男性の作家です。
邦訳の単行本は次の 2 つがあります。
「ケルト民話集」フィオナ・マクラウド 著/荒俣 宏 訳(ちくま文庫)
「かなしき女王」ケルト幻想作品集 フィオナ・マクラオド 著/松村みね子 訳(沖積舎)(こちらはちくま文庫からも出ているはずですが、「ケルト民話集」と共にすでにカタログにないようです)

以前に「ケルト民話集」を読んで、独特の暗さ、哀しさが強く印象に残っていました。「かなしき女王」は最近になって読んだのですが、旧かな・旧字体の豊饒さもあいまった流麗な文章に圧倒されました。「ケルト民話集」より荘重に感じられるのはやはり翻訳のせいかと思います。

今回公開した「選ばれし者」(The Anointed Man) は、はじめ同じ兄弟を主人公にした他の 2 つの物語とともに "The Sin-Eater and other tales and episodes" という短編集に収められていましたが、後にシャープ夫人の編纂した全集では他の巻に移され、"The Dominion of Dreams" という別の短編集に入っていた 3 つと合わせて "Under the Dark Star" というタイトルでまとめられました。今後、この「不吉な星の下に生まれた」兄弟の他の物語も訳してみたいと思っています。

| | トラックバック (0)

その他のカテゴリー

ご挨拶 | 後書き | 更新情報